奥山玲子の死因は?子供や夫はいた?奥原なつとの違いは?

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ドラマ なつぞらの画像
   

NHK連続テレビ小説「なつぞら」は、今月28日に最終回を迎えました。

この「なつぞら」は日本の女性アニメーターの草分け、奥山玲子さんをモデルにした物語。

ドラマに登場するヒロインの奥原なつは、実在した人物をモチーフとして描いていたのです。

そんな奥原なつ役を演じるのは、人気若手女優の広瀬すず(21)。

夫の坂場一久役を、イケメン俳優の中川大志(21)が務めていますが、こちらもアニメーターの小田部羊一氏という実在する人物がヒントとなって描かれています。

そこで今回は、「なつぞら」に描かれていない、その後の奥山玲子さんの人生について調査してみました。

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奥山玲子の死因

朝ドラ「なつぞら」のヒロイン・奥原なつのモデルでもある奥山玲子さんは、残念ながらもうこの世にはいません。

2007年に肺炎を患って亡くなっているのです。(享年70)

(なつぞらのモデルとなった奥山玲子さん)
奥原なつのモデル 奥山玲子の画像

死因の肺炎ですが、当初、奥山玲子さんは風邪をこじらせて入院していたそうです。

しかし、高熱が下がらず。

みるみる弱っていき、入院から5日で逝ってしまったのだといいます。

そんな不幸な出来事があったことを始めて知ったわけですが、晩年の奥山玲子さんはアニメーション以外にも、たくさんの仕事に携わっていたといいます。

「なつぞら」に描かれてない、その後の奥山玲子さんは夫の小田部羊一氏と、1979年に「あんていろーぷ」という名義で、映画『龍の子太郎』にキャラクターデザイン・作画監督で参加。

その後は、1985年から夫婦で「東京デザイナー学院アニメーション科」の講師を務めたそうです。

また、同年、夫の小田部羊一氏に「アニメーションのノウハウをゲームに取り入れたい」と任天堂からオファーが舞い込んできたといいます。

当時、小田部羊一氏は悩んでいたらしいのですが、奥山玲子さんの「やってみれば?」の一言で決断。

オファーを承諾し、そこから20年間、京都の任天堂へ週1度勤務して、ゲームのキャラクターデザインやポケモンシリーズのアニメーションを監修し続けたそうです。

一方、妻の奥山玲子さんは会社や仕事を変えながらも、常に絵に携わっていたといいます。

専門学校の講師の他に、1990年代からは銅版画作家としても活動。

銅版画作家時代は、児童書や画集を出版しています。

そして、アニメーターとしては、小説「火垂るの墓」のアニメ化を手伝う仕事が最後になったということです。

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奥山玲子の夫は小田部羊一

ドラマ「なつぞら」では、ヒロイン・奥原なつの夫は中川大志演じる坂場一久でした。

その坂場一久は、先ほどから登場する小田部羊一氏をモデルに描かれているのですが、現在の小田部氏は何をしているのでしょうか?

(奥山玲子さんの夫・小田部羊一氏)
奥山玲子の結婚相手 小田部羊一の画像

小田部羊一氏は、1959年、東京藝術大学卒業後、東映動画(現在=東映アニメーション)に入社。

4年後の1963年、先に入社していた奥山玲子さんと職場結婚したのです。

では、そもそものきっかけは何だったのか?

小田部羊一氏は、交際のきっかけを社内イベントの「社交ダンス」だったと話しています。

何やらダンスをしているとき、小田部羊一氏がつい奥山玲子さんの手を握っちゃったのだとか。

そこからいつの間にか交際に発展。

その後、2人は国際基督教大学のチャペルで結婚式を挙げたらしいのですが、参列者には奥山玲子さんの元カレの姿も。

どうやらその元カレも同じ職場だったので、式に参列していたそうです。

そして、結婚後の小田部羊一氏は東映動画を皮切りに、様々なアニメーション制作スタジオを渡り歩くことになります。

任天堂では、あの大人気ゲーム「スーパーマリオ」のキャラクターデザインを担当。

他にも、宮崎駿監督や高畑勲監督らと共に「アルプスの少女ハイジ」、「母をたずねて三千里」に参加し、キャラクターデザイン・作画監督を務めたのでした。

そんな小田部羊一氏は現在も健在。

ただ、2017年に大病を患い緊急入院したといいます。

当時は医師から「もうダメだ」と言われて、5ヶ月入院していたらしいのですが、何とか無事退院。

それでも、しばらくはリハビリをしないと歩けない状態だったそうです。

そして、退院から数日後、NHKの担当者が「アニメーションの黎明期(れいめいき)を描きたいので、当時の話を教えてください」と尋ねてきたことをきっかけに、ドラマの考証を手掛けることに。

現在も、アルザスで開催されたアニメーションの「ワークショップ」に講師として参加するなど、忙しい日々を送っているそうです。

奥山玲子の子供と奥原なつの違い

ドラマ「なつぞら」に登場する絵は、実在した作品がモデルとなって描かれています。

例えば、ヒロインの奥原なつが就職して、最初に彩色を担当した「白蛇姫」は、日本で最初のカラー長編映画となった「白蛇伝」。

2作目に担当した「わんぱく牛若丸」は、1963年に公開された「わんぱく王子の大蛇退治」。

他にも「魔法少女アニー」は、日本初の少女向けアニメ「魔法使いサリー」。

「キックジャガー」は、1969年にアニメ化された「タイガーマスク」。

「魔界の番長」は、1972年から1973年にかけてテレビ放送された「デビルマン」がモデルとなっています。

ちなみに、作品以外にもヒロイン・奥原なつが勤めていた東洋動画のモデルは、東映動画(現在=東映アニメーション)です。

一方、「なつぞら」には実在しない部分も存在。

ドラマの設定では、奥原なつは北海道育ちですが、奥山玲子さんは仙台出身です。

あと、奥原なつと坂場一久が娘の優を育てながら、子供向けのテレビアニメ制作に奮闘しているところなんかは一緒でも、実際は、モデルである夫婦の子供は息子だったします。

これらの設定はあえて違うようにしているのでしょうが、やはり、制作現場も今はすっかり変わっているため、全部を忠実に再現するのは無理だったのだと思われます。

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