筧千佐子のテクニックと生い立ち!夫と子供は娘と息子がいる?

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筧千佐子 画像
   

再婚した夫や、交際相手の高齢男性などに、青酸化合物を飲ませて殺害した筧千佐子被告(72)の裁判員裁判の論告が京都地裁で行われ、検察側は死刑を求刑しました。

筧千佐子被告は、これまで開かれた裁判員裁判の被告人質問で、犯行を認める説明をしたかと思えば、否定するなど、回答は二転三転。

弁護側は、筧千佐子被告が認知症により、責任能力がないなどとして、一貫して無罪を主張してきました。

しかし、検察側は「犯行当時、認知症は発症しておらず、現在は軽症。責任能力や訴訟能力があるのは明らか」と述べたのです。

翌日は、弁護側の最終弁論と筧千佐子被告の最終意見陳述が行われ、裁判の審理は結審。

そして、11月7日、京都地裁による一審判決で、筧千佐子被告に死刑判決が下されたのです。

検察側が「まれに見る凶悪で重大な事件で極刑はやむをえない」と死刑を求刑するように、筧千佐子被告は、1994年に最初の夫と死別した後、約20年間で3人と再婚し、内縁関係になった男性から多額の遺産を受け取っています。

その額は10億、20億円ともされており、青酸化合物を飲ませて手に入れた金は、借金返済や株、FXなどに投資。

現在はすべて使い切り、預金はゼロに近いということです。

そんな筧千佐子被告は、「後妻業の女」や「毒婦」と呼ばれていますが、再婚した夫も含めて、被害に遭った男性をどうやって落とし入れたのか。

報道によると、相手は高齢男性ばかり。

そこには、筧千佐子被告による、さまざまな恋愛テクニックが用いられていたといいます。

そこで今回は、連続殺人犯・筧千佐子被告の生い立ちや、娘と息子の子供のこと、また再婚した夫などを落とし入れた、恋愛テクニックなどについてまとめてみました。

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筧千佐子の生い立ち

筧千佐子被告が関与しているとされる「青酸連続殺人事件」は、2007年から2013年にかけて、京都、大阪、兵庫の近畿3府県で起きました。

2013年12月28日は、京都府向日市の自宅で筧千佐子被告の夫、筧勇夫さん(当時75)が死亡。

勇夫さんの死因を明らかにするため、遺体を司法解剖に回した結果、青酸化合物が検出されたのです。

このことがきっかけとなり、逮捕につながり、相次ぐ不審死が判明。

これまで筧千佐子被告と再婚した夫や、交際相手の男性が次々と死亡していたことがわかり、多額の遺産を手にしていたことも分かったのです。

亡くなった勇夫さんは、4番目に結婚した夫でした。

あと、籍を入れていない内縁の夫や、交際男性らは、生前、公正証書や遺言を書いており、遺産が筧千佐子被告の手に渡る“準備”が周到になされていたといいます。

また、夫の勇夫さんが亡くなる前後にも、冷静に次のターゲットを探して婚活に励んでいたのです。

いかなるときでも動じない、筧千佐子被告とは一体どんな人物なのか。

その生い立ちですが、筧千佐子被告は長崎県出身。

1946年11月、未婚の母の元に生まれ、すぐに福岡県八幡市(現北九州市)の山下家に養女に出されています。

出身高校は福岡の名門・県立東築高校で、卒業後、学校から国立大への進学を薦められたらしいのですが、家族の反対で福岡の大手都市銀行に就職。

数年後の22歳のとき、鹿児島県内を旅行中、大阪に住む男性と知り合い、交際を開始します。

そして、1969年3月に勤め先の銀行を退社した筧千佐子被告は、双方の実家の反対を押し切って結婚。

大阪府貝塚市に移り住んだ後、1970年に長男、1971年に長女を出産しました。

一方、結婚した夫は印刷会社を設立し、経営に励むも、あまり上手くいかず経営難に陥ります。

そんな中、1994年9月に夫が病気で死亡。

約2000万円の借金を、筧千佐子被告が背負うことになったのです。

夫に先立たれた筧千佐子被告は、それでも実家や友人などから借金をして、経営を続けますが、結局、2001年に廃業。

土地と建物は競売にかけられてしまうのですが、このころから筧千佐子被告は、いろんなところの結婚相談所に登録し、交際相手を探すようになっていたのです。

その後は、男の出入りが激しくなり、3度の再婚。

内縁関係になった相手まであわせると、10人以上にのぼるということです。

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筧千佐子のテクニック

筧千佐子被告の生い立ちは、名門学校を出て優等生。

就職も良いところに入社した後、結婚、出産と、幸せな人生を送っていました。

しかし、夫に先立たれ、借金を背負ってから変貌します。

合計20以上の結婚相談所に会員登録し、遺産目的のために、資産家の高齢男性ばかりを狙ったのです。

さらに、4番目の夫、筧勇夫さんが亡くなった後も、筧千佐子被告は、交際中だった男性複数人と、密会を重ねていました。

なぜ、男性らは筧千佐子被告にハマっていたのか。

元交際男性が、筧千佐子被告の落としのテクニックを証言しています。

この男性は結婚相談所に登録し、後妻を探し始めたときに、筧千佐子被告を紹介されたそうです。

男性によると、筧千佐子被告は、結婚については死別した夫だけとウソをつき、九州の名門高校から、都銀に勤めた元銀行員などと、何度も自身の生い立ちを語っていたといいます。

また、胸元が大きくあいた服で、色仕掛けもあったとか。

しかも、満足させるほどのテクニックを持っていて、一度関係を持つと、離れられなくなってしまうというのだから驚きです。

さらに筧千佐子被告は、交際が始まる前後は、相手の家に押しかけて自慢の手料理を振る舞うといい、その次はメール攻勢。

メールでは『あなたが大好き』、『早く逢いたい』などといった文章を送り、会ったときには手を握りしめ、「あなたのような素晴らしい人に会えて幸せ」と、しなだれかかったといいます。

結局この男性は家族に反対され、事なきを得たようですが、筧千佐子被告のマメさと、色仕掛けのテクニックで、高齢男性でもハマッてしまうそうです。

殺人罪などで起訴されている4件の被害者

京都府の筧勇夫さん(75)夫

大阪府の本田正徳さん(71)内縁の夫

兵庫県の末広利明さん(79)知人

兵庫県の日置稔さん(75)内縁の夫

筧千佐子の夫と子供

若いころの筧千佐子被告は、故・野際陽子さん似の美人だったといい、最初の夫との間に娘と息子の2人の子供をもうけています。

1994年に最初の夫と死別した後は、再婚する度に本籍を変更して、以前の結婚歴を隠すなど、隠蔽工作をして寂しい未亡人を装っていました。

さらに、筧千佐子被告は、相手をだますときに子供を利用し、「夫とは死別した。」、「病気で先立たれた」、「今は娘の嫁ぎ先に厄介になっていて、いつ放り出されるかわからない」などと話していたといいます。

筧千佐子被告の結婚暦

1人目の夫=大阪の男性、1969年に結婚、1994年9月に病死。

2人目の夫=兵庫県の薬品販売業の男性、2006年に結婚、同年8月28日に脳梗塞で死亡。

3人目の夫=農家の男性と2007年に結婚、2008年5月17日に心筋梗塞で死亡。

4人目の夫=京都府向日市の筧勇夫さんと2013年11月1日に結婚、同年12月28日に青酸中毒死。

また、息子に関しての報道はあまり出ていませんが、娘の方は自分の母親が多くの高齢男性と交際や結婚を繰り返し、相手が次々と死亡していることをいっさい知らなかったとか。

ちなみに4番目の夫と千佐子被告が知り合った結婚相談所は、特定されています。

場所は奈良県にあるといい、代表者の女性は、今回の事件について「まさか、彼女がそんなことする人だったなんて、今でも信じられないんです。プロフィール文には、『趣味は読書、ガーデニング、お料理です』とか、『お相手に合わせる思いやりの気持ちを持っています』とか書いていて、優しいかたにしか見えなかったので…。」と語っています。

この結婚相談所は、入会金はなく、月会費が3000円。

身分証があれば誰でも入会できるそうです。

そして入会すると、会員だけが閲覧できるサイトにアクセスでき、会員の写真やプロフィール文を見て、会いたい人がいれば、対面希望を相談所に申し込むという流れになっています。

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