上田美由紀の子供とゴミ屋敷の家!本名や生い立ちに迫る!!

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上田美由紀 画像
   

2009年に発覚した「鳥取連続不審死事件」は、鳥取でスナックのホステスをしていた上田美由紀死刑囚(本名 李 美由)の周辺で、男性6人が謎の死を遂げた事件です。

この事件で逮捕され、起訴された上田美由紀死刑囚は、一審、二審とも死刑判決。

現在は松江刑務所に服役中で、死刑は執行されずに最高裁に上告中だそうです。

そんな上田美由紀死刑囚は、事件当時、家はゴミ屋敷化としたアパートで5人の子供を育てていました。

そこで今回は、ゴミ屋敷化とした小さな家で、どのようにして5人の子供と暮らしていたか。

また、本名・李 美由は一体、どのような幼少時代を過ごしてきたのか。

その生い立ちなどについて迫ってみたいと思います。

上田美由紀の子供とゴミ屋敷の家

「鳥取連続不審死事件」は、2009年(平成21年)11月、上田美由紀死刑囚が知人の母親から現金126万円を騙し取って、逮捕されたことから発覚しました。

この不審死事件は、上田美由紀死刑囚と面識のある6人の男性が、次々と謎の死を遂げているというもので、6人のうち4人が上田死刑囚と男女関係にあったそうです。

不審死したのは、地位もあり、妻子ある新聞記者や捜査2課の刑事など。

解剖すると被害者の体内からは、睡眠導入剤のハルシオンや風邪薬の成分が検出されたのです。

この事件が大きく取り上げられることになったきっかけは、同時期に発生した「首都圏連続不審死事件」があったから。

2009年9月、詐欺などで6回にわたり逮捕された木嶋佳苗被告もまた、同じように周囲の男性が謎の死を遂げていたのです。

上田美由紀死刑囚と木嶋佳苗死刑囚は、見た目や世代が同じで、犯行手口も似ています。

当時はその類似性が注目されましたが、上田美由紀死刑囚は木嶋佳苗死刑囚のようなセレブを気取ることもなく、ざっくばらんな性格。

しかも、小さな子供が5人もいたのです。

また、この「鳥取連続不審死事件」で上田美由紀死刑囚は、1千万円以上貢がせていたのですが、金の使い道については、いまだ謎のままになっています。

それなら、その金は一体何に使っていたのか。

当時、上田美由紀死刑囚と子供、元自動車セールスマン・安東儀導(46)が生活していたアパートは、くみ取り式の便所で家賃は2万5千円。

(上田美由紀死刑囚と子供らが生活していたゴミ屋敷)
上田美由紀のゴミ屋敷

子供のごはんは、朝からコンビニに行き、おにぎりを20個買って食べさせたりしていました。

一方で、職場のスナックのママらには、寿司をおごったりしていたといいます。

当時、上田美由紀死刑囚が働いていたのは、「デブ専」スナック。

ママの証言によると、木嶋佳苗被告みたいにブランド品や高級車に興味はなかったそうです。

さらに、逮捕後、マスコミが「ゴミ屋敷」と言われたアパートを訪れていますが、家の中は足の踏み場もなく、部屋の奥の方に食べ残しなどが散乱していたといいます。

ゴミ山の中には、料理がこびりついたフライパンや皿も捨てられていたそうですが、これは上田美由紀死刑囚がほとんど料理をしなかった証拠。

また、警察の捜査で重要証拠となるはずの通帳類は、ゴミ屋敷から一切出てこなかったそうです。

もしかすると銀行口座すら、持っていなかったのかもしれません。

それに上田美由紀死刑囚は、複数の携帯を使っていたらしいのですが、全てがプリペイド式。

障がい者や生活保護受給者から詐欺して金を奪うなど、保障制度に詳しい半面、自身は母子手帳を取ることもなく、無免許で車を運転をしていたということです。

上田美由紀の本名や生い立ち

上田美由紀死刑囚は韓国籍で、本名は「李 美由」。

逮捕時の年齢は35歳で、実は在日特権で起訴まで実名は報道されませんでした。

しかも実名報道がされたのは「本名」ではなく、通名の上田美由紀だったのです。

そんな上田美由紀死刑囚の生い立ちですが、家族構成は父親と母親、5歳年上の兄で、父親は早くに亡くなっています。

父親は口うるさく言わない無口な人だったそうですが、母親からは殴られたり、怒鳴られていたといいます。

幼少期は、叔父の手を借りて育った上田美由紀死刑囚は、鳥取市内の小、中学校を卒業。

小学生の頃から、近所の家へ勝手に上がり込み、物を壊したり盗んだりして、素行不良が目立ったそうです。

また、中学時代はうるさいぐらいのおしゃべりで、クラスメートが喜びそうな物をプレゼントしては、相手の気を引こうとしていたといいます。

しかし、その一方で、ボス的なところもあり、同級生をパシリとしてコキ使ったり、嘘つきとしても有名。

地元では、『あの家に近寄るな』と、皆から距離を置かれる家族だったそうです。

上田美由紀死刑囚の生い立ちに関しては、子供の頃から素行不良で、中学校卒業後に地元の高校へ進学するも中退。

その後は、ストッキングの製造工場や、結婚情報センターの事務員として働いていますが、どれも長続きせずに退職しています。

そして、その頃に知り合った自衛官と結婚し、子供をもうけるもすぐに離婚。

以来、鳥取駅前近辺にある、大衆スナックなどで働いていました。

鳥取では昔からワルかった上田美由紀死刑囚にとって、このような事件を起こしても、地元では何ら不思議ではなかったといいます。

上田美由紀死刑囚には、向上心などがあるわけでもなく、離婚後の仕事の選択肢も少ない。

限られた人間関係のなかで暴れることしかできない、「田舎育ちのヤンキー」のようなタイプだったのです。

鳥取連続不審死事件の概要

2007年から2009年にかけて、鳥取県を舞台に6人の男性が次々に不審な死を遂げていました。

40代の新聞記者の男性は、ダンボールに入った状態で電車にひかれ死亡。

トラック運転手の男性は海で水死。

刑事の男性は、署内で首を吊って死亡するなど、男たちの不審な死が明らかになったのです。

いずれも当初は、事故死や自殺として処理されていましたが、やがていずれの男性も、ひとりの女と関係があったことが浮上。

女は、寂れた繁華街にあるスナックで働いていたホステスで、5人の子供を抱える上田美由紀。当時35歳

そして2009年11月2日、上田美由紀が詐欺容疑で逮捕されると同時に、鳥取の連続不審死についても本格的な捜査が始まったのです。

捜査によって、不審な死を遂げた男の中には、上田美由紀に1千万円以上を貢いでいた人がいることも判明。

その後、上田美由紀は警察に逮捕され、裁判ではこれらの不審死のうち、2人に睡眠導入剤を飲ませて溺死させたとして強盗殺人の罪で死刑判決を受けます。

しかし、即日控訴。

その控訴審で注目された上田美由紀の発言ですが、一審では「私はやっていません」などと述べた以外、黙秘を続けていましたが、一転して被害者男性との関係を詳しく語り出したのです。

結局、2012年、鳥取地裁は16件の詐欺罪と、2件の強盗殺人罪の起訴内容について、ほぼ認定。

上田美由紀に死刑を言い渡したのでした。

鳥取連続不審死事件の被害者の名前

読売新聞鳥取支局記者・古川司さん(42)

警備員・古田新一さん(27)

トラック運転手・矢部和実さん(47)

鳥取県警刑事・藤田格さん(41)

上田美由紀の隣人・田口和美さん(58)

電器工事業・円山秀樹さん(57)

上田美由紀と男女関係になかったのは、隣人の田口和美さんと電器工事業の円山秀樹さん。

他4人は男女関係があり、犯行の動機はすべて金銭絡みとされています。