守谷慧の母親の死因は?祖父は日本郵船役員で自宅マンションはどこ?

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守谷慧と絢子さま 画像
   

高円宮家の三女・絢子さま(28)のご懐妊を週刊誌「女性セブン」が報じています。

絢子さまは、昨年10月に日本郵船に勤務する守谷慧さん(33)と、明治神宮で結婚式を挙げられました。

式には、絢子さまの母親・久子さまや姉の承子(つぐこ)さま、結婚相手の守谷慧さんの父親・治さんら33人が参列。

これで、皇族の身分を離れることになった絢子さまには、国から一時金1億675万円(法定上限額)が支給されたのです。

その後の絢子さまは、一般人として生活されているわけですが、先に婚約を発表されていた秋篠宮家の長女・眞子さま(27)と、ニューヨークのフォーダム大学ロースクールに留学した小室圭さん(27)の結婚は、2020年まで延期されることが決定。

結婚相手が「けい」と名前の読み方が同じでも、「ここまで差があるのか」とネット上で話題になりました。

そこで今回は、絢子さまの結婚相手・守谷慧さんの経歴や、母親の死因、父親、祖父など家族のことや、自宅マンションはどこなのかに、スポットを当ててみたいと思います。

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守谷慧の母親の死因と父親

守谷慧さんの母親・季美枝さんは、2015年6月に「国境なきこどもたち」の業務で訪れていたカンボジアで体調を崩して入院。

翌7月4日に搬送先のタイ・バンコク市にあるバンコク病院にて急逝しています。享年56歳。

(母親の守谷季美枝さん)
守谷季美枝さん

なお、季美枝さんの死因は、病気のためとしか発表されていません。

ただ、死因が発表されていないのは、タイで何かの病気に感染したという可能性もありそうです。

また、母親・季美枝さんの経歴ですが、1981年に早稲田大学第一文学部卒業後、1994年から「国境なき医師団日本」のボランティアに参加。

当時は企業、財団等を対象とした資金調達の事務を担当し、1999年「国境なき子どもたち」の理事、2000年~2001年「国境なき医師団」の理事を兼務していたといいます。

その後は2002年に「国境なき子どもたち」の副会長、2003年「国境なき子どもたち」の専務理事を務めていたようです。

一方、守谷慧さんの父親・守谷治さんは、東京大学経済学部経済学科卒業後の1979年に、通商産業省入省の経歴を持ちます。

さらに、通産省時代にアメリカ留学し、コーネル大学経営大学院でMBA取得。

その後、貿易経済協力局安全保障貿易管理課長に就任しますが、当時、大蔵省接待汚職事件で問題となった、ノーパ○しゃぶしゃぶ接待の「楼蘭」の顧客名簿に載っていることが判明しています。

そして、通産省を退職した現在は、「日伯エタノール株式会社」の代表取締役社長、「日本アルコール販売」の常務執行役員を務めているようです。

なお、絢子さまの母親・久子さまの父親は、元フランス三井物産社長・鳥取滋治郎氏、母方の祖父は元外交官の友田二郎氏。

(絢子さまと母親の久子さま)
高円宮久子さま

久子さまの経歴は、学習院初等・中等科から、父親の海外勤務の都合でイギリスのケンブリッジ大学に入学。

大学時代は人類学・考古学を学んで、卒業した1975年に日本へ帰国し、翻訳会社に勤めていました。

さらに久子さまは、法律を学ぶためにイギリスへ渡り、1982年に帰国。

高円宮憲仁親王とは、帰国し通訳として働いていたときに出会い、わずか3か月で婚約したといいます。

なお、高円宮憲仁親王は、2002年11月21日、47歳で死去しています。

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守谷慧の祖父は日本郵船役員

守谷慧さんの祖父・守谷兼義氏は、元日本郵船・ロンドン支店長を務めた人物。

日本郵船には、慶応大学の文学部程度では入れないので、孫の守谷慧さんは、コネ入社の可能性が高そうです。

また、祖父の守谷兼義氏は「日本郵船」で常務取締役、ロンドンのイーリング区アクトンにある「ロンドン日本人学校」の理事長。

さらには、国際的船主団体機構「国際海運会議所」の副会長までも務めています。

だからと言って、守谷慧さんが旧華族とかいうことではないようです。

守谷慧の経歴

高円宮絢子女王の結婚相手・守谷慧さんがアキラ100%に似ていると話題だが、いったいどんな経歴の持ち主なのか。

現在、33歳の守谷慧さんは、幼稚園時代をフランス・パリで過ごしたそうです。

これは、守谷慧さんの父親・守谷治さんが仕事の都合でフランスに勤務していたからで、当時、一家はパリ市の南隣にあるブーローニュ・ビアンクールに住んでいたといいます。

そして、平成4年7月までパリの幼稚園に通ったあと、港区立白金小学校、私立高輪中学校・私立高輪高校に通い、平成17年4月に慶應義塾大学文学部に入学。

さらに慶應大学時代には、オックスフォード大学に短期留学し、平成21年3月に慶應義塾大学を卒業しています。

現在、守谷慧さんが勤務している大手海運会社「日本郵船」は、大学卒業後の平成21年4月から勤務しているのですが、同時にNPO法人「国境なき子どもたち」の理事も務めています。

守谷慧さんがボランティア活動に携わっている理由は、亡くなった母親の季美枝さんが、「国境なきこどもたち」の専務理事をしていたからだとか。

守谷慧さんは母親の遺志を継ぐように、昨年の3月から同法人の理事に就任しているようです。

一方、高円宮家の三女・絢子さまは、姉に承子女王、2014年に出雲大社の千家国麿氏と結婚された、千家典子さんがいます。

絢子さまはの経歴は、松濤幼稚園から学習院初等科、女子中等科、学習院女子高等科に通い、2009年4月に千葉県東金市の城西国際大学福祉総合学部に入学。

そして、2013年3月に大学を卒業し、4月からは同大学大学院福祉総合研究科へ進学しています。

また、絢子さまは、2017年6月1日付で城西国際大学福祉総合学部の研究員に就任した後、守谷慧さんと知り合い、婚約を発表。

知り合ったきっかけは、去年12月に母親・久子さまが絢子さまに、守谷さんを紹介したとされています。

もともと久子さまは、守谷さんの父親・守谷治さんと顔見知りで、母親の季美枝さんとも親しくされていたそうです。

久子さまは、守谷慧さんの母親・季美枝さんが「国境なき子どもたち」の専務理事を務めていたころから、関連行事に毎年訪れ、2017年11月、「国境なき子どもたち」の設立20周年の祝賀会で息子の慧さんと再会。

その際、守谷さんが同団体の理事に就任することを聞かれ、福祉を学んでいる絢子さまに、国際的な福祉活動に興味を持つきっかけになればと考え、紹介したということです。

守谷慧の自宅マンションはどこ?

守谷慧さんの自宅マンションは、東京・高輪にあります。

守谷慧さんは父親の守谷治さん、祖母と暮らしていたそうなのですが、自宅は決して高級ではなく、築45年、査定額6000万円のマンションだとか。

守谷慧の自宅マンション

また、自宅がどこにあるのかというと、マンション前で報道陣から「おめでとうございます」と声を掛けられるシーンをみると、マンションは、港区高輪4丁目にある「ドミール高輪」と判明。

守谷慧さんの場合、これから支給される一時金を借金の返済にあてるとか、ぜいたくをするために使うこともなさそうなので、新たな環境での生活のために使用していることと思います。

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