畠山鈴香の生い立ちと売女説!心霊写真と弟 旦那について調査!

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畠山鈴香 画像
   

2006年に秋田県山本郡藤里町で、当時小学4年生の畠山彩香ちゃんが、母親の畠山鈴香によって命を奪われました。

その1ヵ月後、畠山鈴香は、2軒隣に住んでいた当時小学1年生の米山豪憲くんを殺害。

この「秋田連続児童殺害事件」で、逮捕された畠山鈴香には、無期懲役の判決が下されました。

そこで、今回は、現在「福島刑務所」に服役中の畠山鈴香の生い立ちや、売女説。

逮捕後、フライデーが掲載した畠山鈴香の自宅外観に写る心霊写真や、離婚した旦那と弟などについて調査してみました。

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畠山鈴香の生い立ち

警察は当初、「秋田連続児童殺害事件」の被害者・畠山彩香ちゃんの死に関して、誤って川に落ちたものと判断し、事故として処理しました。

ところが、後に警察の検証は間違いで、捜査ミスだったことが判明したのです。

結果、この初動捜査のミスさえなければ、もっと早く畠山鈴香を逮捕できたし、米山豪憲くんの命が奪われることも、なかったかもしれません。

犯人の畠山鈴香に関しては、当時から言動がおかしく、容疑者として疑いの目を向けられていました。

そんな畠山鈴香の生い立ちですが、逮捕後の裁判で、幼少時代に陰湿ないじめにあっていたことなどが、法廷で明らかになったのです。

幼少時代に、いじめを受けた日々を過ごしたという畠山鈴香は、昭和48年2月、秋田県山本郡で、自営のトラック運転手の父親と、元飲食店従業員の母親との間のに誕生。

兄弟に関しては、下に弟が1人います。

小・中・高校は、地元の学校に通ったらしいのですが、周囲から聞こえてくるのは意外にも「地味で暗くて目立たない子」という証言があり、小学5~6年生のころから毎日のようにいじめに遭っていたといいます。

小学校当時は、給食で残した食べ物を手のひらに乗せて食べさせられ、付いたあだ名は「ばい菌」。

トイレに押し込められ、上から水を掛けられたこともあったそうです。

中学に上がってからも、畠山鈴香のイメージはそのままで、『臭い、汚い』。

そのことで心に傷を負い、次第に性格が陰湿になっていったといいます。

加えて家庭にも問題があったとか。

両親は不仲で、父親は母親だけでなく、娘の鈴香被告にも暴力を振るっていたそうです。

小学校高学年になると、父親から暴力を受け、中学に入るとますますエスカレート。

殴る蹴る、髪の毛を引っ張り引きずり回されるなどしたといいます。

そんな父親から理不尽な暴力を受けていた、畠山鈴香は、毎日ビクビクした生活を送っていたのです。

そのため、体調も決して良くはなく、貧血や手足の痺れもあったのだとか。

畠山鈴香の性格までも変えたとされる生い立ちは、過酷なものでした。

それと同時に世の中に対して恨み、つらみがたまり、人を食ったような態度になったのも、このころからだとされています。

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畠山鈴香の売女説と卒業文集の寄せ書き

畠山鈴香は、中学を卒業した後、秋田県立二ツ井高校へ進学。

このころから、万引きや窃盗事件を起こしています。

ただ、これらの犯行も、周囲の関心を買うためだったり、不良グループの使い走り、強要もあったのだとか。

それに、ほかの生徒からは、よほど嫌われていたのか、畠山鈴香が書いた卒業文集には、悪質なコメントの数々が。

「もうこの秋田には帰ってくるなョ」、「秋田の土はニ度とふむんじゃねぇぞ」、「戦争に早く行け」、「いつもの声で男ひっかけんなよ」、「今までいじめられた分、強くなったべ」といった寄せ書きが逮捕後、公になったのです。

(卒業文集の寄せ書き)
畠山鈴香 卒業文集 寄せ書き 画像

この寄せ書きにも書かれたように、高校時代の畠山鈴香は”男性関係”の方が派手になっていったといいます。

高校卒業後の畠山鈴香は、栃木県内の温泉旅館へ仲居として就職。

しかし、すぐに辞めてしまいます。

その後、結婚して長女・彩香ちゃんを授かるのですが、旦那の浮気が原因で離婚。

離婚してからは、職を転々と変えつつ、複数の男性と関係を持つようになるのですが、借金もかさみ、生活保護を受けて母娘2人で生活していたのです。

職場で一緒だった女性によると、当時の畠山鈴香は「男は取っかえひっかえでした。本命以外に数人いて、交代で自宅に連れ込んでいました。男を家に入れる時は、必ず沙香ちゃんを外に出していたそうです。夜もですよ。信じられません」と、男性関係について証言。

まさしく、「売女」として生活していたのです。

畠山鈴香の自宅に心霊写真?

畠山鈴香の逮捕で、生い立ちや秋田県立二ツ井高校の卒業文集での寄せ書き、離婚した旦那や売女関係に至るまでが、公になったのですが、別のことでも注目されることになりました。

逮捕される前の畠山鈴香は、近所付き合いもほとんどなかったといい、2003年頃からは精神科に通院し、睡眠薬と精神安定剤が手放せない状態だったといいます。

その精神不安定さから、騒動も起こしていたのです。

畠山鈴香は、育児放棄した挙げ句に、近隣住人からも嫌われる存在。

ついには、娘を殺害し、近隣に住む関係のない米山豪憲くんの命までも奪うという、重大な犯罪を犯して逮捕されたのです。

そして、当時、フライデーが掲載した畠山鈴香の自宅外観の写真が心霊写真だと話題に。

(心霊写真?)
畠山鈴香 心霊写真 画像

掲載されている写真に写っているのは、畠山鈴香に命を奪われた、米山豪憲くんではないかと一時、騒然となったのです。

また、心霊写真に関して、米山豪憲くんの家族も「似ている」と語っていましたが、はたしてこの写真は本物なのでしょうか。

結論から言うと、心霊写真ではないと思われます。

写真をよく見ると、外の景色が一緒に写り込んでいるので、おそらくその場にいた、マスコミの誰かの顔が反射で写っただけのようです。

畠山鈴香の旦那と弟

畠山鈴香の元旦那は、鈴香被告にナンパされて結婚したと語っています。

離婚理由については、家事を全くしない、出勤するときも寝ていたからだとか。

元旦那は、テレビに出演し、当時の結婚生活を告白しています。

元旦那いわく、愛想をつかして離婚したということですが、畠山鈴香の知人からは、旦那の浮気が発覚したことで、離婚したという証言もあるようです。

また、娘の彩香ちゃんを妊娠したときも、誰の子かで揉めたのだとか。

そんな旦那と離婚後、畠山鈴香は家計を支えるべく「葬儀店」、「隣町のパチンコ店」、「実家近くの釣具店」と繰り返し転職。

一方、畠山鈴香と母親の関係は、性格形成を担った生い立ちから想像できませんが、相互に依存し合う仲だったようです。

畠山鈴香は母親を慕い、母の言うことには素直に従うことが多かったといいます。

しかも、畠山鈴香は、5歳下の弟とも依存しあうような関係。

逮捕後、弟と母親は生活保護を受けながら、畠山鈴香の公判に欠かさず通ったそうです。

その後も、2人は足繁く面会に訪れていたらしいのですが、犯行の動機に関しては、1度として納得できる答えは得られなかったとか。

そして、姉の逮捕後、生きていくだけで精一杯だった弟は、ハローワークに通ったりしたらしいのですが、なかなか就職が決まらずにいたといいます。

一方、姉の畠山鈴香はというと、起訴後に秋田刑務所に拘置されていたのですが、無期懲役の判決が下り、現在は福島刑務所に収監されています。

鈴香被告の近況は、出来るだけ早く、仮出所できるよう福島刑務所で真面目に刑を務めているとか。

弟と母親に関しては、裁判中は公判に欠かさず通っていましたが、今となっては、面会に訪れることはないということです。

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