高橋惠子が作家の河村季里と失踪!夫や子供 宗教について調査

高橋惠子 若い頃 画像
   

今でこそ、大女優の品格がある高橋惠子(64)ですが、昔の若い頃はというと、度重なるスキャンダル騒動を起こして、世間をにぎわせました。

その中でも有名なのは、1979年に起こした失踪事件です。

この騒動は、当時、高橋惠子が改名する前の関根恵子だったとき、作家の河村季里(かわむらきり)とタイのバンコクに逃亡したのです。

いわゆる、”愛の逃避行”と呼ばれて世間を騒がせたわけですが、その後は出演した映画作品の監督・高橋伴明(69)と知り合い結婚。

夫・高橋伴明監督とは、2人の子供をもうけるなどし、現在も夫婦生活を継続しています。

そこで今回は、作家の河村季里と失踪した理由や、夫・高橋伴明監督と共に宗教団体「真如苑(しんにょえん)」の信者というウワサなどについて、調査してみました。

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高橋惠子と作家の河村季里の失踪事件

若い頃の高橋惠子の芸名は関根恵子で、結婚を機に、現在の芸名に改名しました。

子供の頃は内気で人見知りの性格。

そのため、元々、女優になるつもりはなかったそうですが、中学2年のときに大映のスチールカメラマンにスカウトされ、15歳で映画「高校生ブルース」でデビューします。

ただ、デビュー作となった「高校生ブルース」は、関根恵子としての初主演作でもあるのですが、当初は南美川洋子という女優が主演を演じる予定でした。

その、南美川洋子が断ってきたため、関根恵子に白羽の矢が立ったというわけです。

また、作品の役どころが衝撃的で、15歳にして、きわどいシーンを演じたことで話題を呼び、2作目でも大胆な脱ぎっぷりを披露。

そんな演技が評価され、ゴールデン・アロー賞新人賞に輝くなど、一躍脚光を集めたのです。

関根恵子としては、その後の作品でも過激なシーンが求められ、いろんな映画に出演します。

そして、ついには、裸になる女優のレッテルを貼られ、引退を決意。

引退を考えた理由は、自分に求められることに対し、次第に抵抗感を覚え始めたためだったのです。

そんなある日、取材で作家・河村季里と知り合います。

その後、関根恵子は河村季里と失踪し、人里離れた岐阜県飛騨高山で生活を共にしますが、2年後の1979年に女優復帰。

復帰作は同年7月21日からの舞台「ドラキュラ」でしたが、関根恵子は舞台上演9日目になる7月20日、彼氏の河村季里と共に、タイ・バンコクに逃亡したのです。

(失踪相手の作家・河村季里の画像)
河村季里 画像

スキャンダル女優と呼ばれたのもこの頃で、再び河村季里との逃避行に、世間やマスコミは騒然。

結局、約4ヶ月間、海外を転々として帰国するのですが、日本に帰るきっかけとなったのは、トルコで知り合った日本人の登山家だったそうです。

なお、その日本人というのは、占いができる人物で、スペインに行くはずだったのを「そっちへ行ったら命を落とす」と助言され、予定を変更。

日本に帰る日も、その人物が決めて、言われたとおりに帰ってきたのだそうです。

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高橋惠子の夫と宗教

高橋惠子が作家の河村季里と失踪した理由は、演技に対して恐怖を感じたからだそうです。

帰国後も、女優復帰するつもりはなかったそうなのですが、迷惑を掛けたことについての謝罪を込めて、1980年1月に芸能界復帰会見を開いたのです。

そして、損害賠償を支払い、作家の河村季里とも別れて1年間謹慎。

謹慎が明けた1982年、映画「ラブレター」の主役で銀幕復帰したのです。

ちなみに、逃避行を共にした相手の河村季里は、現在、作家をしていません。

転職したのは、旅行ガイドブックなどを出版する会社で、「K&Bパブリッシャーズ」の代表取締役を務めています。

一方、高橋惠子は、復帰後3作目となる、三菱銀行人質事件を題材とした映画「TATTOO<刺青>あり」でヒロインを務めることに。

その時の監督が現在の夫・高橋伴明だったのです。

(高橋惠子の夫・高橋伴明監督)
高橋惠子 夫 画像

2人は映画を通じて知り合い、交際に発展。

そして、交際4か月の1982年6月に結婚し、これを機に、芸名を関根恵子から本名の高橋恵子へと改めたのでした。

ところで、高橋恵子と夫の高橋伴明監督に、宗教団体「真如苑」の信者のウワサがあるのですが、実際のところどうなのでしょうか。

少し気になったので調べてみたところ、どうやら宗教のウワサは本当のようですね。

高橋恵子と夫の高橋伴明監督が入信している真如苑は、真言宗系の教団で、ほかの芸能人の信者には、女優の島田陽子や、女優の沢口靖子、ヒロミの嫁・松本伊代、女優の石原真理子などがいるようです。

なお、高橋恵子が入信することになったのは、交際しているときに、高橋伴明監督から真如苑の話を聞かされたのがきっかけだったとか。

聞くところによると、結婚する2週間前に2人そろって入信したらしく、現在も参拝を欠かさないそうです。

高橋惠子の子供

高橋惠子は、北海道標茶町(しべちゃちょう)出身。

酪農を営む両親のもとで生まれ、兄弟は10歳上の兄がいました。

ただ、その兄は脳性まひによって寝たきりの生活だったそうです。

そして、高橋惠子が3歳のときに兄は他界。

その後、両親が営んでいた牧場もつぶれてしまったのです。

結局、幼少期から波瀾万丈だったわけですが、旦那の高橋伴明と結婚してから子供も2人授かり、ようやく落ち着きを取り戻します。

なお、高橋惠子の子供は娘と息子で、娘に至っては母親と同じ女優業を展開。

名前は秋山佑奈(あきやま ゆうな)といって、これといった代表作はありませんが、その代わり、高橋惠子のマネージャーを担当したり、本業でドッグトレーナーをしています。

(高橋惠子の娘・秋山佑奈)
高橋惠子 娘 画像

一方、息子の方は情報が少ないため、何をしているのか不明。

また、現在は東京都国立市の実家で、高橋惠子と夫の高橋伴明、実母のほか、娘夫婦と4人の孫が同居し、にぎやかな暮らしを送っているのだそうです。

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