二宮和也が椎名法子(元カノ)の件を謝罪!旦那はがんで闘病中?

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二宮和也の画像
   

嵐・二宮和也(36)の元カノといえば、女優の長澤まさみ(32)や、タレントの佐々木希(31)などが有名です。

そして、歴代彼女の中でも、女優の椎名法子(36)の旦那は、がんを発症して、闘病生活を送っていたのです。

二宮和也の元カノだった椎名法子の旦那は、J2ロアッソ熊本に所属していた元サッカー選手の斉藤紀由氏(36)。

斉藤紀由氏は、2009年4月に現役を引退しましたが、30歳の時に悪性リンパ腫という血液のがんを患っています。

ところが、そこから1年間の闘病生活を経て、サッカーをプレーできるまでに病状が回復していました。

一方、嫁の椎名法子といえば、嵐・二宮和也の元カノだったことは有名。

ただ、二宮和也は、椎名法子との交際が発覚し、2001年に事務所に別れさせられた際、東京ディズニーシーホテルミラコスタのイベントで「仕事一筋で頑張る」とファンに謝罪したのです。

そして、2人は一時、破局したと思われたのですが、2003年になると再び交際していることが発覚。

すると、二宮和也はライブ「How’s it going ?Summer Concert 2003」で、泣きながら歌い終えた後、ファンに対し「仕事で頑張っていきます」と再び謝罪したのでした。

そんな経緯がありながらも、椎名法子はその後に斉藤紀由氏と結婚。

旦那の斉藤紀由氏に至っては、引退後に六本木で飲食「UNION」のオーナーに転職しました。

そのきっかけはお笑い芸人・パンサー尾形だったそうです。

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二宮和也の元カノは椎名法子

二宮和也と元カノだった椎名法子は、2001年頃から交際がスタートしたと言われています。

ところが交際中、2人はデート現場を週刊誌に撮られ、事務所に大目玉をくらったとか。

にもかかわらず、2003年に椎名法子と二宮和也のツーショット写真が流出。

隠れて交際を続けていたことが事務所にバレて、強引に別れさせられてしまったそうです。

(二宮和也と椎名法子)
二宮和也と椎名法子の画像

この一連の件で二宮和也は、ファンに謝罪をしていますが、椎名法子との破局以降、女性遍歴は激変。

女性に見境がなくなった二宮和也は、共演者を口説くのはもちろん、ファンに手を出したらやばいからと、出○○系サイトにハマッていた時期もあったようです。

二宮和也が複数の出○○系サイトに登録していたことは、携帯電話の履歴を見ても明らかだったと、当時の知人が語っており、流出した椎名法子との写真も携帯に入っていたとか。

さらに、椎名法子と交際中に、二宮和也から携帯電話を見せてもらったことがあるという友人は、毎日のように『愛してる』と送り合い、『今日のゴハンはハンバーグだよ』『お風呂どうする?』と、同棲生活をうかがわせる内容だったことを赤裸々に告白したのでした。

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椎名法子の旦那は現在がんで闘病中

椎名法子の旦那はJ2ロアッソ熊本に所属していた斉藤紀由氏です。

椎名法子は、30歳の誕生日をむかえた2012年11月22日、「いい夫婦の日」に因んで、自身のブログにて結婚と第一子の出産を報告しました。

ところが、翌年の2013年の夏、旦那の斉藤紀由氏に病気が発覚したのです。

判明した病名は悪性リンパ腫。

この悪性リンパ腫という病気は、リンパ系の組織から発生する、血液のがんです。

斉藤紀由氏は『まさか自分ががんになるとは思ってもみなかった。メンタルは弱くはないほうですが、正直びっくりしたし、その後、色んなことが駆け巡った。俺、死ぬのかなとか、家族はどうなるのかな、お店は、スタッフは…』と、当時のことを振り返っています。

そこから1年間の闘病生活を経て、サッカーをプレーできるまでに回復。

入院中は仲間に支えられ、いろんな人が見舞いに来てくれたといいます。

そんな中でも、三浦カズや香川もサイン入りのユニフォームをプレゼントしたといい、仲間が斉藤紀由氏を支援するTシャツを作ってくれたりもしたそうです。

椎名法子の旦那が経営するUNIONとパンサー尾形の関係

椎名法子の旦那・斉藤紀由氏は、2009年4月に現役を引退しました。

斉藤紀由氏はサッカーとは全く違うことをやろうと思い、Jリーグキャリアサポートセンターに相談に行き、様々な業種の人たちと会ったといいます。

そんな折に、地元の先輩で仲が良かった、パンサーの尾形貴弘に電話したんだとか。

すると『引退するんだったらお前もNSC入れよ。それで俺と組もうぜ』と言われたそうですが、さすがに断ったといいます。

その後、尾形貴弘とも仲のいい共通の知人から『バーの店長を探しているオーナーがいるんだけど、会ってみない?』と誘われて会いに行くと、意気投合。

その1カ月後には「UNION」を開店していたそうです。

そんな斎藤紀由氏は、初めは何も分からなかったので、渋谷でバーを経営している知人に頼み込んで酒の作り方を教えてもらったり、「UNION」という店の名前を決めたりと、ひたすら勉強したのだとか。

それにがんで入院中は、やはり店のことが心配で、気になって仕方がなかったといいます。

そして現在はというと、がんの再発もなく、嫁の椎名法子、子供と家族仲良く暮らしているそうです。

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