藤圭子の晩年と生い立ちは?旦那は前川清で子供と離婚歴がヤバい!

藤圭子 画像
   

宇多田ヒカルの母親として知られる歌手の藤圭子さんは、2013年8月22日の早朝、マンションから転落して亡くなっています。(享年62)

藤圭子さんといえば、1人目の旦那が歌手の前川清(70)で、離婚後に音楽プロデューサーの宇多田照實氏(70)と再婚。

宇多田照實氏と再婚後は、子供(宇多田ヒカル)を授かるも、2人目の旦那・照實氏とは、離婚と結婚を繰り返していました。

そんな藤圭子さんの晩年は、病気の「統合失調症」に苦しめられていたとか。

亡くなったことが報じられたのも、東京・西新宿の高層マンションから転落したことが原因だったため、日本中に衝撃が走ったのです。

あまりに突然すぎる別れは、当時、大々的に報じられたのですが、死因に至ってはよからぬ情報が、マスコミ関係者の間で駆け巡ったといいます。

ところが、捜査に当たった警察からは「尿検査の簡易鑑定からは検出されなかった」と憶測された死因について、否定したのです。

当時、藤圭子さんの関係者も「違法なものには手を出していなかったはず。ただ睡眠薬とか、うつ病のクスリとかは持っていたのではないか」と証言したのでした。

そこで今回は、藤圭子さんの晩年と死因の関係や、旦那との離婚歴についてまとめてみました。

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藤圭子の晩年と死因に関係性?

藤圭子さんに関して、捜査した警察から「違法物等の使用はない」とのコメントが発表されたことにより、死因との因果関係は否定されました。

ですが、そもそもなぜ、藤圭子さんによからぬウワサが囁かれたのか。

そこには、疑われても仕方がない“過去”があったからなのです。

藤圭子さんは、2006年にアメリカ・ニューヨークの空港で42万ドル(当時のレートで約4900万円)もの大金を、マトリに没収された過去があったのです。

当初のきっかけは、捜査犬が探知したからで、調べてみると現金から微量の違法物が検出されたのだとか。

同局は「現金が取引に使われたか、取引に使うもの」と結論付け、42万ドルを没収。

ところがその後、現地の捜査当局は違法物との因果関係を否定し、現金を2009年に返却したのです。

そうした過去の出来事が、死因と結び付けられてしまったのですが、ほんとうのところの原因は他にありそうです。

ただ、娘の宇多田ヒカルが、母親・藤圭子さんの死去後にコメントを発表しているのですが、そのときに語っている「親子関係の崩壊」が、死因の一因になったのではないかともいわれています。

宇多田ヒカルが語ったのは、母親・藤圭子さんの晩年について。

晩年、病気を患っているとウワサされていたことに、「母はとても長い間、精神の病に苦しめられていました」と告白し、ハッキリと病気だったことを認めたのでした。

さらに宇多田ヒカルは、「幼い頃から、母の病気が進行していくのを見ていました。症状の悪化とともに、家族も含め人間に対する不信感は増す一方で、現実と妄想の区別が曖昧になり、彼女は自身の感情や行動のコントロールを失っていきました」と説明。

対する、藤圭子さんの元旦那・宇多田照實氏もコメントを発表し、「感情の変化がより著しくなり始めたのはヒカルが5歳くらいのことです。自分の母親に対しても、攻撃的な発言や行動が見られるようになり、ヒカルと僕もいつの間にか彼女にとって攻撃の対象となっていきました」と、家庭が徐々に崩壊して行った理由を語ったのです。

なので、2人の子供の宇多田ヒカルにとって、両親への不信感は相当なものだったとか。

しかも、藤圭子さんが亡くなる直前、「家族3人はまったく連絡を取り合っていなかった」と衝撃的な事実も明かされているのです。

(元旦那の宇多田照實氏と宇多田ヒカル)

では、晩年患っていた藤圭子さんの病気とは一体なんだったのか。

藤圭子さんは、照實氏と離婚し、娘の宇多田ヒカルとも疎遠になっていたことで、情緒不安定になっていたそうです。

そのため、睡眠薬や、うつ病のクスリとかを持っていたのではないかとされている上に、藤圭子さんは「統合失調症」を患っていたとの報道もあります。

「統合失調症」は、クスリを過剰に服用すると、幻覚や妄想にさいなまれ、ときにそれが他者を傷つける行動へと発展することもあるのだとか。

その通りだとすると、薬の服用方法を誤ってもうろうとした意識のまま、マンションから転落した可能性はあります。

ちなみに当初はないと報道された「遺書」についてですが、宇多田ヒカルの方から見つかっていたことが発表されたのでした。

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藤圭子の生い立ち

藤圭子さんには、不幸な生い立ちがあったといいます。

岩手県出身の藤圭子さんの生い立ちは、浪曲師の父親と三味線奏者の母親の間に生まれ、3人兄弟の末っ子として育てられたところから始まります。

生まれてすぐに北海道名寄市に移住するも、2、3歳の頃に北海道旭川市に引っ越し。

家庭は貧しく、両親は生活するために、北海道や東北を中心に旅回りをして、歌をうたっていたそうです。

また、その日暮らししかできなかったため、藤圭子さんも家族を支えるため、10歳になると、両親と一緒に歌の旅回りに同行していたのだとか。

しかも北海道という土地柄から、マイナス20℃になることも。

当然移動は、車ではなく、膝まで雪に埋もれながら何時間も一家で歩いて行くのだそう。

そして、泊まるところがない時は、町外れのお堂の中で一家5人肩を寄せ合い眠りにつく。

そんな壮絶な生活は、次第に学業もおろそかになって行ったのだそうです。

それでも、藤圭子さんは勉強が好きだったため、学校の成績がよかったといいます。

ただ、ほんとうは進学して、もっと勉強したいという気持ちがあった反面、家族を支えるため、中学卒業後は歌一本でやっていくことを決心。

そして、中学卒業後に両親と上京し、18歳で念願の歌手デビュー。

デビューして1年後の1970年にリリースした「圭子の夢は夜ひらく」が大ヒットし、一躍スターになったのでした。

藤圭子の旦那は前川清で子供と離婚歴がヤバい

藤圭子さんは、1人目の旦那・前川清と1971年に結婚しました。

1969年、18歳で歌手デビューした藤圭子さんは、翌年の2枚目シングル「女のブルース」が102万枚、2か月後には「圭子の夢は夜ひらく」で185万枚のヒットを記録。

当時、売れっ子だった藤圭子さんは、まだ19歳で、前川清も22歳と若いだけでなく、内山田洋とクールファイブのボーカルとして人気がありました。

そんな22歳と19歳の電撃結婚で世間を騒がせたのですが、1年で離婚。

(若い頃の藤圭子さんと前川清の画像)
藤圭子 前川清 画像

離婚後、1982年に藤圭子さんは渡米し、米国で2人目の旦那・宇多田照實氏と出会います。

翌83年に子供の(宇多田ヒカル)を出産し、米国暮らしを続ける一方で、元旦那の前川清は、藤圭子さんと離婚後の1982年に一般人女性と再婚し、3人の子供をもうけています。

長男の前川紘毅は2006年に歌手としてデビュー。

宇多田ヒカルも歌手としてデビューしているので、双方の子供も歌手ということになりますが、藤圭子さんは2人目の旦那・宇多田照實氏と6度の離婚歴があるのです。

結局、前の旦那の前川清を含めると、7度の結婚・離婚歴があることになります。

それに前川清と結婚した理由を、「隠れて会うのが面倒くさいというのがあった。だったら面倒くさい、一緒になろうか」と勢いだけで結婚したことを明かしており、当初は結婚式を行う予定はなかったのだとか。

2人の話し合いで籍だけ入れるつもりが、テレビ局と事務所とのしがらみで、挙式・披露宴をやることになったそうです。

そして、結婚生活が1年しか持たなかったことについてですが、ほんとうは結婚前にすでに破綻していたとか。

ちなみに宇多田照實氏との離婚理由は、照實氏の女性関係や、仕事の方向性の違いで衝突した末のことだったようです。

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