赤井英和と嫁に悲劇!娘が死亡!原因と息子の名前は?

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赤井英和 画像
   

元プロボクサーでタレントの赤井英和一家では、息子の英五郎が、ボクシングで東京五輪を目指すことに関して、赤井と嫁の佳子は子育てをめぐり対立。

そこには、初めて明かされる赤井家の悲劇が隠されていました。

赤井英和の子供といえば、モデルでありながらプロレスラーの赤井沙希が有名ですが、娘の沙希は赤井が離婚した前の嫁の子供で、息子らとは異母兄弟になります。

また、赤井英和には、現在の嫁・佳子との間に、息子の英五郎、二男の英佳、長女のつかさの3人の子供を授かっていますが、本来ならあと2人の娘がいるはずでした。

その子供の名前は、「さくらこちゃん」と「ももこちゃん」。

娘2人は双子で、出生3日後にももこちゃんが、7ヶ月後にさくらこちゃんが死亡するという悲劇が起きていたのです。

さくらこちゃんが亡くなったのは「脳軟化症」という病気が原因でした。

そこで今回は、その双子の娘についてまとめてみました。

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赤井英和の子供

赤井英和は、プロボクサー時代、「浪速のロッキー」の愛称で親しまれました。

現役時代は、12連続KOという日本記録を打ち立てるなどして活躍するも、タイトルとは縁のないボクサー人生だったのです。

赤井英和は、1983年、アメリカのブルース・カリーとのWBCスーパーライト級タイトルマッチ戦に7RKO負けし、2度目の世界タイトルを目指そうとした前哨戦・大和田正春との試合でも7RKO負けを屈しました。

その試合で、赤井英和に悲劇が襲います。

リングに倒れた赤井英和に意識はなく、すぐさま病院へ搬送されたのです。

搬送時の生存率は20%、手術後でも生存率50%と、生死をさまよう状態だったといいます。

診断の結果は脳挫傷、硬膜下血腫。

見舞いに訪れた両親は、「あきらめてくれ」と医師から言われたといいます。

それでも赤井英和は、奇跡的に意識が回復しました。

医師からボクサーの引退を宣告され、後に俳優に転向するのですが、きっかけは引退後に出版した自伝「浪速のロッキーのどついたるねん」でした。

赤井英和の自伝「浪速のロッキーのどついたるねん」は、その後「どついたるねん」のタイトルで映画化され、赤井本人も出演。

出演依頼したのは、この作品が初監督となる阪本順治で、交渉するために赤井の元を訪れたといいます。

そこから現在の俳優・赤井英和が誕生し、1993年に会社員だった現在の嫁・佳子と再婚。

赤井英和には元嫁との間に沙希を含む2人の娘がいますが、佳子との間にも2男1女の子供がいるのです。

そのひとりである長男の英五郎は、ボクシングで東京五輪を目指しています。

また、次男の英佳はというと、現在ハワイの大学に留学中だそうです。

(赤井英和の嫁・佳子と息子の英五郎)
赤井英和 嫁 息子 画像

もう1人の娘・つかさは会社員で、2017年に開かれた「2017 ミス・ユニバース・ジャパン」東京大会最終選考会のファイナリスト26人から、審査員特別賞に選ばれました。

そして、本来なら、生まれて3日後に死亡した「ももこちゃん」と、7ヶ月後に亡くなった「さくらこちゃん」がいるはずだったのです。

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赤井英和と嫁に悲劇!双子の娘が死亡

赤井英和には現在の嫁・佳子との間に、息子の英五郎と英佳、娘のつかさのほかに、本来ならあと2人の娘がいるはずでした。

娘の名前は、「さくらこちゃん」と「ももこちゃん」で、2人は1998年に双子として誕生。

28週の早産ということもあり、姉のさくらこちゃんは1410g、妹のももこちゃんは1120gと未熟児だったそうです。

生まれてすぐ2人の娘は、NICU(新生児集中治療室)へ運ばれていったといいます。

しかし、ももこちゃんはわずか3日後、父親の赤井英和の手の中で息を引き取り、天国へと旅立ってしまったのです。

そして、さくらこちゃんも7ヶ月の闘病の末、死亡してしまいました。

その悲劇の体験は、赤井英和の著書「さくらこ ももこ わが逝きし子らよ」で赤裸々につづられていて、読んだ人からも感動の声があがっているといいます。

出産後に医師は、誕生したばかりのさくらこちゃんが、「脳に傷を受けている可能性がある」と宣告しました。

しかし素人の赤井英和や嫁の佳子には、それがどういうことかわからなかったといいます。

医師に何度も説明を求めると「脳軟化症」という病気で、「歩けないだろう」と言われたのだとか。

それでも夫婦は、「どんな障害が残ってもさくらこちゃんが生きてくれるためなら何でもしよう、全力を尽くそう」と、何度も話し合ったそうです。

そのとき赤井家には3人の子供がいて、双子の妹らの誕生を楽しみにしていたそうです。

しかし、NICU(新生児集中治療室)に入れるのは両親だけ。

なので、赤井英和は「とにかく早く家に連れて帰って見せてやりたかった」といい、「家族と一緒に育てるのが願いだった」と語っています。

しかも在宅治療をくれる医師を見つけ、治療の器具もほぼ整え、あとは気管切開の手術をするだけというときに、悲劇が起きます。

支えて集中治療室に入っていたさくらこちゃんの人工呼吸器の管が抜け、天国に旅立ってしまったのです。

赤井英和は今でも、さくらこちゃんの治療を「本当におこなわなくてはいけなかったのか」「さくらこちゃんにとっては苦しいだけの7ヶ月だったのでは」と、心の痛む思いしか残っていないと語っています。

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