内田裕也の収入源は?晩年は孫と子供と生活?若い頃は島田陽子と不倫!

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内田裕也 画像
   

女優の樹木希林さん(享年75)の夫で歌手の内田裕也(本名・内田雄也)さんが、肺炎のために、急逝したとのニュースが飛び込んできました。(享年79)

若い頃の内田裕也さんは、すぐキレる性格からよく騒動を起こしていましたが、晩年は、病気やケガで車椅子生活を余儀なくされていました。

しかも最近まで元気だったので、まさかと言う感じです。

こんなに早く逝ってしまったのは、やはり、樹木希林さんのことがかなり影響していたのかもしれませんね。

そこで今回は、内田裕也さんの晩年はどこから収入源を得ていたのか、また、孫や子供のことや、昔に報じられた女優・島田陽子との不倫スキャンダルについてまとめてみました。

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内田裕也の収入源は?

「ロックンロール」が口癖だった内田裕也さんは、若い頃にロックバンド「内田裕也とザ・フラワーズ」、「フラワー・トラベリン・バンド」で活動していましたが、ヒット曲には恵まれませんでした。

なので、音楽での収入源は微々たるものですが、その代わりプロデューサー業で成功をおさめています。

内田裕也さんは、29歳から39歳までの10年間、沢田研二らが所属する「ザ・タイガース」など、当時のグループ・サウンズをプロデュースして売れっ子バンドに育て上げました。

あの矢沢永吉も、所属していたバンド「キャロル」がまだ売れていない頃に、「僕らを男にしてください」と内田裕也さんにプロデュースを依頼してきたそうです。

しかし、その後、キャロルは別の人物にプロデュースを依頼したため、内田裕也さんがプロデュースすることはありませんでした。

あと、内田裕也さんの収入源としてあげられるのは、映画があります。

昔の若い頃は、俳優として東宝の「若大将シリーズ」など、数々の作品に出演。

ただ、こちらも音楽と一緒で、役者では儲けていませんが、脚本を書いて成功しています。

(若い頃の内田裕也と樹木希林)
内田裕也 若い頃 画像

内田裕也さんが初めて脚本を書いたのは、自身が主演を務めた映画「十階のモスキート」で、監督は崔洋一氏でした。

しかも、監督を発掘する能力に長けているのか、現在、崔洋一監督は日本映画監督協会の理事長に就任しています。

さらに、2作目に脚本を書いた「コミック雑誌なんかいらない!」は、カンヌ映画祭でも上映され、その年の賞を総なめにして世界的に高い評価を受けたのです。

同作品の監督である滝田洋二郎氏も、内田裕也さんが発掘した人物。

その後の滝田監督は、婿養子の本木雅弘が主演を務めた映画「おくりびと」でアカデミー賞を受賞していることを思えば、やはり見る目があったということになります。

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内田裕也の晩年は孫と子供と生活?

内田裕也さんの晩年は、樹木希林さんとも同居せず、ずっと一人暮らしだったようです。

と言うより、もともと内田裕也さんと樹木希林さんは結婚後、40年以上別居生活していました。

一時は内田裕也さんの方が、樹木希林さんとの離婚を望み、離婚届を提出ましたが、樹木希林さんはかたくなに拒否。

その後に離婚無効の訴訟を起こして勝訴したため、婚姻関係を続けていました。

また、樹木希林さんが亡くなった後も、内田裕也さんは一人暮らしだったようです。

2人の間には、子供としてタレントの内田也哉子(43)と、内田也哉子と結婚した婿養子の俳優・本木雅弘(53)がいますが、生活は別々。

さらに娘の内田也哉子、本木雅弘夫婦の間に誕生した長男・雅樂(うた)、長女・伽羅(きゃら)、次男・玄兎(げんと)といった3人の孫もいますが、一緒に生活していなかったようです。

(娘の内田也哉子)
内田裕也 子供 画像

(孫の雅樂、伽羅、玄兎と婿養子の本木雅弘)
内田裕也 孫 画像

では、誰が車椅子の内田裕也さんの世話をしていたのか。

報道によると、内田裕也さんには、付き添いの女性がいたと書かれています。

しかも、その女性は内田裕也さんのマネージャーということから、最期まで人生を謳歌していたと思われます。

そして、内田裕也さんは晩年も金持ちと言うウワサがあったので、どこから収入源を得ていたかを調べてみました。

結論から言うと、樹木希林さんの預貯金が遺産として渡されていたようです。

生前、樹木希林さんは、都内の自宅を含め、10件ほどの不動産を所有していました。

金額にすると10億円を優に超えるとか。

そして、亡くなる前に所有していた不動産の名義を子供、孫に書き換えるよう遺言書に残していたのです。

いわゆる、遺産相続になるのですが、その内訳は、子供の内田也哉子に港区西麻布の戸建て(時価額約2億7千万)、渋谷区南平台町の戸建て(時価額約7億9千万)、ほかにも世田谷区と目黒区の戸建て。

婿養子の本木雅弘に渋谷区富ヶ谷のマンション(時価額約8千3百万)、渋谷区南平台町のマンション(時価額約2億3千万)を内田也哉子と所有。

生前贈与として、英国留学中の孫・内田伽羅を渋谷区富ヶ谷のマンション(時価額約3千5百万)の名義にしていたのです。

結局、樹木希林さんの財産分与は子供と孫だけで、内田裕也さんへ相続されることはなかたようです。

理由は「お金があったら一晩で全部使うから」。

そのため、内田裕也さんには相続税がかからない範囲の預貯金が、遺産として渡されたということです。

内田裕也 若い頃は島田陽子と不倫

内田裕也は若い時、女優の島田陽子(65)と不倫して世間を騒がせました。

島田陽子といえば、1980年に制作された米国のドラマ『将軍 SHOGUN』に出演し、ゴールデンアロー賞を受賞。

一躍、清純派の”国際女優”として注目を浴びたのです。

その後、島田陽子は日本とニューヨークを行き来する生活を送っていたのですが、1988年にハワイのコンドミニアムで、内田裕也さんとの密会をフライデーされて、不倫が発覚。

当時の内田裕也さんは、樹木希林さんと結婚していましたが、島田陽子のヒモとして生活していたと言われています。

さらに、不倫発覚後も関係は続くのですが、島田陽子の所有する伊豆の別荘で、ちょっとした事件が発生。

この件で島田陽子は、内田裕也さんに愛想を尽かして別れると思われたのですが、1991年の東京都都知事選に出馬した内田裕也さんに、島田陽子が選挙資金の一部を面倒みていたことが判明したのです。

しかし、内田裕也さんが落選したことで2人は破局。

島田陽子には、多大な借金だけが残ったそうです。

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